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       珈琲浪漫紀行その5

   珈琲が炒り豆の飲料になってからは、
  『カーファ』と呼ばれるようになっていました。

   1510年には、エジプトのカイロに伝わり、
  現在のコーヒーハウスのように、人々がコーヒーを飲む
  憩いの場が出来始めました。

   ところが、メッカの支配者カイール・ベイは、
  コーヒーがコーランの教えに背くとしてこともあろうに、

        ”飲用禁止令”を発令!

     コーヒー最大の危機!!!到来。

  危うくコーヒーが飲めなくなりかけたのです。
   しかーし、すでにこの頃コーヒーには
  強い味方が存在していました。(よかった、よかった・・)

   カイロの国王、サルタン様です。
 (絶対、渋くてカッコイイ王様だったに違いない)
  国王自身が愛好者であった為、すぐに
  この禁止令は解かれました。

   ただ、このとき向けられた非難の目が
  消失したわけではありませんでした。

   1524年には、メッカの裁判官が風紀の乱れを理由に

  コーヒーハウスの営業を停止したのです。

        (そ、そんな・・)

   しかし、コーヒー好きは負けてはいません!
  そうです!コーヒーハウスで飲めなければ
  家で自分で入れて飲めば善いんです。

   こうして人々は、自分自身の手でコーヒーを
  入れて飲み始めたのですが・・・

   1534年にはカイロでコーヒーを非難する宗教狂信者が
  騒動を起こし、町ぐるみでコーヒー支持派と反対派で争いが
  起こるという事件が発生しました。

   カイロに限らず、コーヒーが伝播していく各地で、
  宗教者や土地の有力者などがコーヒーを
  飲むことを禁止したり、コーヒーハウスの営業を
  停止したりという迫害がたびたび起こります。

   それはまさに、コーヒーやコーヒーハウスに
  魅了される人々の勢いがあまりに大きく、
  そうして集まる人々の力を恐れていたのでしょう。
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