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ペルーの御購入はこちらです♪ 最後の皇帝アタワルパ インカ帝国が出現する以前、ペルーはいくつかの地域に 分かれ、さまざまな文明が表れては消えていました。 紀元1200年ごろにクスコを中心としたインカ帝国が 成立としたといわれていますが、当初は帝国なんていう よりも部族と呼んだほうがふさわしい程度の小っちゃさ だったみたいです。 ところが、宿敵チャンカ族との戦いに勝利を治めたあとは (イケイケ!状態となり)急速に征服を進め、 あっ!!という間に一大帝国へ!まっしぐら! 広い広い南米大陸大平洋沿岸を制したインカ帝国は 北はコロンビア南部、南はチリ中部まで、アンデス山脈の 南北およそ4000キロにも及ぶ大帝国となったのです。 しかし、 インカ帝国はアンデス最後の文明となる悲運の帝国でした。 どうして? ↓↓↓↓ ↓↓↓↓ ↓↓↓↓ その頃のヨーロッパでは、コロンブスをはじめとした 大航海時代が訪れていました。 その中に野心家のスペイン人フランシスコ・ピサロがいたのです。 彼は『黄金に包まれた国』のうわさを聞きつけ インカ帝国を目指していました。 1532年11月、ピサロはペルー北部のカハマルカで 静養中のインカ帝国の皇帝アタワルパを捕らえます。 (カハマルカは温泉が出るので、アタワルパがつかった 「インカの温泉」があるところです。) (外国人の姿はほとんど見られず。地元のペルー人が 温泉に入りにやって来るのんびりした温泉だそうです。) 皇帝アタワルパがスペイン人のピサロにつかまり 幽閉されたところは「身代金の部屋」とよばれています。 (今では博物館になったところもあるんです。) アタワルパがピサロに 「この部屋を金で一杯にするから釈放してくれ」 と頼みこみ、本当に部屋を『金』で埋め尽くしたのです。 この交渉に承諾したかのように見せかけたピサロは インカ帝国全土から集められた金銀、財宝を奪いつくし、 最後には 1533年、アタワルパを処刑してしまう……。 これにより、インカ帝国は滅亡したのです。 しかし、この後征服者ピサロは首都をリマに移しますが、 1534年、同士アルマグロの息子によって暗殺されてしまいます。 そしてピサロの死を知った本国スペインは、新しい総督と 行政官をペルーに送り込み、本格的な植民地統治を始めたのでした。 ペルーの御購入はこちらです♪ |
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