珈琲の”優しさ”をお届けします♪ 手作りSweeetsも季節限定でお届けします


はーい、こちらへようこそ
はらコーヒーどう
への道はこっちだよん♪

ホーム ブラジルサントス

  ブラジルサントスの購入はこちらです♪

       やはり、女性はハンサムがお好き♪

     エチオピア原産のコーヒーが中南米にやって来たのは
  1720年カリブ海のマルチニーク島に持ちこまれたのが始まりです。
  それから・・・

   1727年、ブラジルの最北部に隣接する仏領ギアナと
  ブラジルとのあいだには国境紛争が起こっていました。

   そこで、ブラジルから境界紛争を解決するために
  フランシスコ・デ・メロ・パリエッタ
  (ただの沿岸警備隊の副隊長でした)が
  特使としてギアナに派遣されたのです。

    ギアナは  スペイン
           ↓
          フランス
           ↓
          オランダ
           ↓
          フランス

   と、領有が変わるたびに戦争が起こっていたため、
  ブラジルとの境界標が不明になっていました。

   紛争問題解決という大任を預かったパリエッタでしたが、
  実はヒソカにもうひとつ大きな指令が下されていたのでした。

 (つい、HUNTER×HUNTERの 『ヒソカ』を想像してしまう私です)

  その秘密の指令とは?一体?なに?

  実地調査も行われ境界交渉が行われる傍ら、首都カイエンヌでは
  何度か晩餐会にも招かれました。

   じつは、このパリエッタ!超美形キャラでギアナの社交会は
  このハンサムの人気が   急上昇↑↑↑↑↑

   高官婦人たちがこぞってメイクを競い彼のまわりに集まると、
  また彼も応えるようにソツなくいろいろな話を巧みにしていきます。

   『ギアナには”コーヒー”という飲み物があるそうですが
    一度飲んでみたいものです。』
   (このあたりはベルバラのフェルゼン伯風に・・)

   この願いはさっそくかなえられ晩餐会では彼の人気のおかげで
    当時貴重品だったギアナ産のコーヒーが振舞われたのです。

  パリエッタは大いに喜び、最大級の賛辞を呈したといわれています。

   パリエッタはここで自分に関心を最も寄せている婦人にある
  お願いをしたのです。この女性がギアナ総督婦人でした。

   当時のギアナではコーヒーの国外流出予防策を講じていて
  コーヒーの種子や苗木を一切、国外へ持ち出せなかったのです。

   彼に与えられた特命とはこれを持ち帰る事でした。
   見つかれば間違いなくその場で殺されます。

   婦人にお願いしたのは一世一代の賭けでした。

   まもなく、国境紛争についての調停が成立し、総督による
  お別れの晩餐会で万雷の拍手を浴びながら、総督婦人は彼に
  大きな花束を贈り、ささやくように言いました。

  『中のコーヒーをお持ち帰りになって、召し上がってください』
  と、こうして

   パリエッタは1000粒あまりのコーヒー種子と
   5本の苗木を持ち帰る事ができ、

  アマゾン川沿いのパラ地区に植えてブラジル最初の
  コーヒー栽培が始まりました。

   それから7年後、1734年にはパラからリスボンに向けて
  カカオ2万アローバ(1アローバは15kg)とならんで、
  コーヒー3000アローバ(60kg入り750俵)が
    輸出されたという公式記録が残っています。

  ブラジルサントスの購入はこちらです♪   
  Powered by おちゃのこネット
ホームページ作成とショッピングカート付きネットショップ開業サービス